加賀一向一揆小説紹介


一向一揆を調べるならと、ある人に勧められて読んだのがこの本でした。
どうしても加賀一向一揆のイメージが掴みかねていて、困っていた矢先に読んだので、かなり面白く読みました。
時代的には、寛正の大飢饉(1461年)〜高尾城落城寸前(1488年)頃の話です。
主人公はもともと越前三国湊近くの貧しい海辺に育った少年で、母の死をきっかけに京都に上り、寛正の大飢饉とそれに続く応仁の大乱に荒れる都において、盗賊稼業で生き延びていきます。
盗賊に入った先で蓮如の娘・見玉尼に出会った若者は、その後かつて自分が行ったように妻子を殺され、極限の都で心の彷徨をはじめます。
この凄惨な都の様子がけっこうリアルに描かれていて、その後に続く越前吉崎の描写もなかなかのものです。
ただ、本書に書かれている真宗宗義については、蓮如が御文で説いたものと若干異なります。
しかしその分、蓮如がなぜあれだけの数の御文を書き続けなければならなかったのか、繰り返し宗義を説かなければならなかったのかが逆説的にわかるような気がして、妙に惹かれる本ではあります。
本書が初めて発表されたのは昭和38(1963)年ですから、古いと言えば古い本です。
著者が「あとがき」で書いているには、「一向一揆をあつかう五部作の第一部」であり、主人公の心の彷徨は、ある意味作者自身の心の彷徨ではないかと思ってしまいます。
ちょっと重い内容ですけれど、読んだだけのことはある面白い本です。

DATE:『鮫』 真継伸彦 著 河出書房新社 河出文庫 1980年


『鮫』に続く真継伸彦氏の「一向一揆五部作の第二部」です。
題名になっている無明(むみょう)とは、「明るく無い」すなわち「闇の中」という意味ではなく、「わかっちゃいるけど、やめられない」という、仏教で言う最大の罪の1つです。
ここの主人公は、前作の主人公に拾われた少年で、今度は彼の心の彷徨を中心に物語りが綴られています。
続編だけに、前の『鮫』を読んでいないと、も1つイメージが掴みにくいところがあって、まずは前作を読まれることをお勧めします。
引き続き真宗の信心についても少々書かれているのですが、むしろ乱世の中で、それでも生き延びなければならなかった人々の心のさまの方がメインです。
文明一揆の話、高尾城攻めの話、その後の加賀内乱の話、山科本願寺の話と、主人公の体験が走馬灯のように現れては消えていき、それらがモザイクのように絡み合って1つの物語を構成しています。
実際のところ加賀一向一揆100年間と一口に言いますけれど、それが決して平坦な100年間ではなくて他の諸国同様に変化は激しく、それはまた山科本願寺においても同様だったろうと思います。
その意味では本書も妙なリアル感があって、あんがい面白い本です。
一向一揆時代の加賀や山科本願寺は、決して歴史上特別な存在などではなく、戦国時代を生きる同時代人たちと同じ人間たちだったということを再確認させてくれる本だと思います。

DATE:『無明』 真継伸彦 著 河出書房新社 河出文庫 1982年


現在、唯一の簡単に入手可能な「蓮如さん小説」だと思います。
蓮如は弱小の本願寺教団を彼1代で巨大な一大宗教・政治・軍事集団に成長させた、日本史上でも特筆すべき宗教指導者であり布教家です。
彼は民衆へ弥陀の救済を説きつつ、複雑な室町後期の京都政界を泳ぎきった、時代の申し子のような人物でした。
本書は、そうした彼の生い立ちから家庭環境、27人という子どもを持った彼自身の家族の問題まで突っ込んで書かれた小説です。
ただ、100年間も加賀を席巻した加賀一向一揆を蓮如が引き起こしたという記録はなく、そういう意味でも一般にはわかりにくい蓮如ですが、彼と加賀一向一揆との間には1人の重要な人物がいました。
下間安芸蓮崇。
彼は加賀一向一揆初期の影の立役者であり、蓮如の影の部分を担っていた人物でした。
宗教指導者として門徒に積極的に武力行使を勧められない蓮如と、弾圧された加賀門徒の力を結集させて守護方に挑む蓮崇。
彼ら2人はまさに光と影であり、彼ら2人の融合と断絶は、その後の本願寺の一向一揆に対する一種曖昧な態度を象徴させるものでした。
蓮如の死後、本願寺は一向一揆に対して領国的な態度を強めていきますが、1つの会社のような政治組織になる前の、蓮如の個人商店のような本願寺の姿を教えてくれるような本です。

DATE:『蓮如 夏の嵐』 岳宏一郎 著 講談社 講談社文庫 2004年


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